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命の洗濯
2007-05-06 Sun 12:13
GWです
ロングバケーションです
前半戦は予定なし
後半戦も予定なしでした

しかし、なんだかんだと
遊んで食べて飲んで寝た休日となりました
あんまりブログをやる暇もなかった

BBQもやったし
ビーチサッカーもやったし
2時間しか寝ずに仕事に行ったり
なんばパークスの森でゲリラごっこして終電逃して
羽倉崎から3駅分徒歩で歩いたり
革靴しんどいからはだしのゲンになったり
奈良も行ったし、たすけ元気やったし
アウトレットでお買い物したし(ひとりで)

GWの空港の混雑ぶりを報道するニュースを見ていたら
ベトナムに1週間行った男の人に目が止まりました
「命の洗濯に行ってきました」
彼はさわやかな笑顔でこう言っていました

命の洗濯
そのために、彼はベトナムに行った
僕は友達と会っただけだったが、なんか洗われた心地がする
明日からは、新しい気持ちで仕事に迎える気がする

命の洗濯
今日は1日がかりで干すぞ
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スーツに身を包んで
2007-04-25 Wed 10:10
よーするにだな
ネクタイっつーのは
首輪なワケよ
社会に飼われちゃおしまいだぜ


名作『素晴らしい世界』(浅野いにお)第1巻より


この言葉に影響されたワケではないのですが
ネクタイってのがヤダ
締め付けられんのがイヤやねん

私服がゆる~いせいか知らんが
スーツを着ることでムショーに肩が凝る

だから、朝は会社の駅の1コ手前までネクタイはしないし
帰りは電車に乗った瞬間にネクタイをはずします
ボタンも1コとれるので楽、この方が寝やすいのだ

前置きはこんくらいにして
ネクタイ=首輪
とは、言いえて妙だ(なんやこの言葉)

ほな僕たちリーマンは、何かに飼われてるってワケか?
企業にか?社会にか?ペットか俺は!
しかし、確かに飼われている面も否定はできん
新入社員は、犯罪かってほど飲まされるところもあるらしい
上司には怒られてばっか、お客には文句言われてばっか
だからハゲているのか、世の中のおっさんは

ならば、自由とは何か
いまこの首輪が取れたのなら?
明日から会社に行かなくてもよくなったら?

どんだけ自由だろう
目覚ましはセットしなくていい
髪の毛もセットしなくていい
敬語も要らなければ、時計も見る必要はない

でも、たぶんそんな楽園も3日で飽きると思う

自由とは孤独だ
何もしなくてもいいが
何をしても評価されることもない
自己満足だけで、見返り(報酬)はない
てか、ヒマ

この生活に耐えられるのかオレは?キミは?

仕事をしなければ、腐ってしまう
ケツを叩いてもらわなきゃ、座り込んでしまう

だから俺は、自ら選んで巻くのだ、この首輪を
「よっしゃ、これから闘いが始まるぞ」って
自分を腐らせないために、自分を活かすために
フンドシは締めないけど、ネクタイは締める

飼われてるんじゃなくて
飼ってもらってる
今は、それでいいんじゃないかい
このまま先へ行こうじゃない
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戦闘服に身を包んで
2007-04-24 Tue 10:00
「戦闘服よりは、ブレザーがよく似合う」

名作「one two three」Mr.Childrenより


俺っていう人間は、これまで逃げてばっか
高校はいけそうなところを受験
大学も堅実にいけそなところを合格

恋愛に関しても、臆病な自分です
勇気が出ない、女々しいなんて当たり前
大学では、大好きな人に告白すらできずに卒業しちゃった

「闘う」ということを避けてばかりいた自分
こないだ別れた人に言わせれば、まさしく
戦闘服なんかより、ブレザーが似合ってしまうナヨナヨ男なんだろうな

だから、今度ぐらいは強くなってやろうと思うのです

ビシッとズボンをはいて
ビシッとシャツのボタンを止める
キュッとネクタイを締めて
カツンと革靴に足を滑り込ませる
「さて、今日は何をやってやろう」
って、家を出る

俺に言わせてみれば、これが戦闘服
スーツという名の戦闘服に身を包んだ自分
装備は知識と教養と名刺

子どもの頃の自分が着たかった服ではないかもしれない
あの頃の自分が夢見ていた戦場ではないかもしれない
でも、「社会」という名の戦場でとにかく頑張ってみる
過去の自分に胸を張れるように
いつか自分に「いい人生を歩んだ」と言ってやれるように


チャーラ、ヘッチャラ
何が起きても気分は
へのへのカッパ!


とりあえず、今のところは毎日
満員電車で敗戦してますが
いつかシゴトで勝ってやるとも☆
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2007-04-23 Mon 10:00
男たるもの
歴史を刻まずして
どないすんねん!

いや、刻まずにはいられるか!



そう、こーゆーモチベーションは意外と大事だね
五月病を前に、これを心に刻もうか
さて、明日は何してやろう
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『日本書紀』-(23)中央集権国家の完成
2007-04-22 Sun 10:00
『日本書紀』-(23)中央集権国家の完成

壬申の乱に勝利した大海人皇子は、飛鳥浄御原で即位しました
天武天皇となってまず、戦乱の功労者を讃え、書生たちに写経を行わせます
もしかすると、乱における戦死者を弔うためだったのかもしれません

また、大来皇女(おおくのひめみこ)を伊勢斎宮に任命しました
伊勢神宮は壬申の乱で大海人に助力して
戦いの最中に神風を吹かせたと『万葉集』の歌にあります
『日本書紀』にも吉野から朝明(あさけ)郡(三重県)に出た大海人が
伊勢の天照大神を遥拝した記事があります

近江朝廷についた有力豪族が多く滅び
権力を一手に握ることができた天武天皇は
その治世の中で大臣を置くことはなく国を治めています
また、以前は「大王」と呼ばれていたのを「天皇」という名称に変えたのも
天武朝のことだと考えられています

さらに、天皇家が神代から続く特別な家系であり
天皇と貴族の関係を明らかにするため、神代からの敵視をまとめさせました
これが『古事記』と『日本書紀』です
こうして天皇の地位を高め、それを揺るぎないものとしました

政策では、大化以来の中央集権化を進めています
諸国の貸税の法改定、律令の制定
八色の姓を設けて、役人の制度も整えて
古代天皇制の基礎を作り上げました
大きな戦いや土木工事がないため、国内の生産力は高まり
中央・地方ともに豊かになりました
貨幣鋳造も行われたといいます

天武天皇の逝去の後、鵜野(うの)皇后が執政を引き継ぎました
先帝の后として即位する前から夫を支え
即位後も政治などで助力してきた人物です
天武天皇崩御後、宮廷では2年以上に及ぶ葬儀が行われました
その最中に大津皇子(おおつのみこ)が謀反の罪で処刑されています
皇位を巡る権力抗争の中での死であったといいます
その背後にはわが子草壁皇子(くさかべのみこ)の即位を
期待していた皇后の意思もあったといわれています
しかし、期待もむなしく草壁皇子は28歳の若さでこの世を去ってしまいます
皇后が即位したのはその翌年、持統4(690)年のことでした

称制期を含めて持統天皇は
持統3(689)年の令の戸籍作成など、重要な政策を行っています
また戸籍に基づいて諸国の青壮年男子の4分の1に兵役を課しました
こうして各地に天皇の郡を備えたのでした

女帝はその治世の間、30回以上も吉野へ赴いています
大きな時代の流れを乗り越えた時、夫と苦労をともにした思い出の地
霊力が身につく聖地でよぎる思いとはいかなるものだったでしょう…

持統天皇が愛児草壁皇子の残した軽皇子(かるのみこ:文武天皇)に
皇位を譲ったという文を最後に、『日本書紀』は全30巻の幕を閉じます



天智・持統天皇陵
天智・持統天皇陵
はじめて火葬にされた持統天皇とその夫・天武天皇が眠る奈良県明日香村の陵

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